2005年07月17日

千鳥ヶ淵戦没者墓苑 Chidorigafuchi National Cemetery

千鳥ヶ淵戦没者墓苑

 千鳥ヶ淵戦没者墓苑は、先の大戦において海外で亡くなられた戦没者の御遺骨を納めるため、昭和34年、国により建設された「無名戦没者の墓」です。ここに納められている御遺骨は、昭和28年以降政府派遣団が収集したもの及び戦後海外から帰還した部隊や個人により持ち帰られたもので、軍人軍属のみならず、海外において犠牲となられた一般邦人も含まれており、いずれも遺族に引き渡すことのできないものです。

千鳥ヶ淵戦没者墓苑の敷地

 当墓苑の敷地は約5,000坪。常緑樹を主とし、そこに欅など落葉樹を混えるといった戦没者墓苑に相応しい厳かさ、静けさを保つ工夫がなされました。創建当時、細く低かった樹木は大きく成長し、特に、楠、欅などは鬱蒼と生い茂り、この墓苑の厳かさを一層感じさせてくれます。

納骨室について

 御遺骨は、六角堂の中央に置かれた陶棺の下の地下納骨室及び平成3年3月及び平成12年3月に増設された六角堂奥正面の地下納骨室に安置されております。

六角堂の陶棺

陶棺について

 陶棺は、型式をわが国古代豪族の棺に模したもので、主要戦域から収集した小石を材料とし、1,700度の高熱で処理した、重量5トンの世界最大級の陶製品です。この中に、昭和天皇御下賜の金銅製茶壷形の納骨壷があり、戦没者を代表する御遺骨が納められています。

御製の碑

 この碑は墓苑創建の年の秋、昭和天皇陛下から下賜された御製を秩父宮妃殿下が謹書され、昭和35年(1960年)3月28日に竣工したものです。

御製の碑
御製

 千鳥ヶ淵は、江戸城を囲む内堀です。東京でも指折りの桜の名所で、お花見の時には、数十万といわれる人たちで賑わいます。また、ここからの風景は、季節季節に、捨てがたい趣があり、一年を通じて多くの人々を楽しませています。

千鳥ヶ淵の桜

引用 千鳥ヶ淵戦没者墓苑リーフレット



posted by hiro at 15:45| Comment(3) | TrackBack(0) | 靖国神社 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは。
週末、靖国神社へ行ってきました。
朝も早く、みたま祭りの片付けも済んでない状態で、
参道の臭いが最悪でした。
NAVERちょうちんは見つけられず残念。
参道入り口に立った瞬間「こりゃムリだ」と思いました。
(数が多すぎです。。。)

お奨め頂いた遊就館も見てきました。
パンフレットにもありましたが、
「母上様、この手鏡は沖縄へ持って行きます」
の置き手紙は私には強烈でした。
人前では絶対に泣かないたちでしたが、
涙が止まらないってあるんですね。。。

感想としては
「戦争は究極の手段ではあるけども、
人には守るべきもの、命をかけるべきものはあるわけで、
小泉さんの言う「不戦の誓い」なんてどうかしている。
我々日本人はここまで歪んだ国にしてしまったことを恥ずべきで、
「戦うべき時には戦う」という意志こそを霊前に誓うべき」
と強烈に思いました。
(月並みですが)
小泉さんは終戦記念日にこそ全閣僚を従えて参拝すべきです。
長々とすみません。
Posted by piyo at 2005年07月19日 02:10
ちなみに帰る頃(12時)には参道はすっかりキレイになってました。
大したものです。
びっくりしました。
Posted by piyo at 2005年07月19日 02:12
piyoさん

コメントありがとうございます(^o^)v

>人前では絶対に泣かないたちでしたが、
>涙が止まらないってあるんですね。。。

よーく分かります、私も同じでした。

>感想としては
>「戦争は究極の手段ではあるけども、
    :
>「戦うべき時には戦う」という意志こそを霊前に誓うべき」と強烈に思いました。

はい、今はそう思っています。ご存知かもしれませんが 参考まで↓

私は奴隷の平和は選ばない。小泉総理

http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=425
Posted by hiro at 2005年07月21日 20:46
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